無題
郡山でも桜が咲き始めた。
近くの薬局前に一本だけある桜の木。昨日の朝通ったときにはまだ全部つぼみだったが、夜、仕事を終えて帰るときには、1割程度咲いていたように思った。
ここ数日、まったくのプライベートなことで、精神的に疲れ切り、しかも仕事上でもとても不愉快な思いをし、それについて、上司であり人格的にも尊敬してやまない夫から、どまんなかストレートな注意・指摘を受け、顧客あしらいがうまい人生の先輩からも、私の気持ちのどこかにわがままが残っていた、お客様は神様だ、相手のミスや責任転嫁などに腹を立てたらほかの客まで失う、相手のミスこそ自分の次なる売り込みチャンスと思え、との厳しくもありがたい指南を受けた。
夫や人生の先輩からの指摘・注意は、そのときは一瞬、反発したくなった。また、今泣きそうなほど情けなくも腹立たしく思っているときに、そこまで言わなくても、とも思った。しかし、少し時間がたち、脱臼を治すにも一瞬の激痛をがまんしなければ治らないのだ、ということにやっと思い至った。そして、あんな風に怒り・不愉快さを相手に顕わにしてしまった自分の至らなさを反省した。
一人で40分ほど、山道を車を走らせて自宅にもどる途中に、まるで私を励ますかのようにほころんだ桜。普段は、別の便利な道を走るのだが、昨日は、ビル群の中で自動車の多い道ではなく、くねくねと曲がりくねった、田んぼのあぜ道を自動車道にひろげたような、両側に田んぼや畑・果樹園のひろがる道を通りたくなったのだ。街中に入り、両側に建物が並ぶようになった、ちょうど角にその桜は立っていた。
しかも、花が咲いているのは、私が近寄るほうの北側だけ。
「お花を咲かせてあげるから、そんなに落ち込まないで。」
通り過ぎながら、桜の声が聞こえた。
近くの薬局前に一本だけある桜の木。昨日の朝通ったときにはまだ全部つぼみだったが、夜、仕事を終えて帰るときには、1割程度咲いていたように思った。
ここ数日、まったくのプライベートなことで、精神的に疲れ切り、しかも仕事上でもとても不愉快な思いをし、それについて、上司であり人格的にも尊敬してやまない夫から、どまんなかストレートな注意・指摘を受け、顧客あしらいがうまい人生の先輩からも、私の気持ちのどこかにわがままが残っていた、お客様は神様だ、相手のミスや責任転嫁などに腹を立てたらほかの客まで失う、相手のミスこそ自分の次なる売り込みチャンスと思え、との厳しくもありがたい指南を受けた。
夫や人生の先輩からの指摘・注意は、そのときは一瞬、反発したくなった。また、今泣きそうなほど情けなくも腹立たしく思っているときに、そこまで言わなくても、とも思った。しかし、少し時間がたち、脱臼を治すにも一瞬の激痛をがまんしなければ治らないのだ、ということにやっと思い至った。そして、あんな風に怒り・不愉快さを相手に顕わにしてしまった自分の至らなさを反省した。
一人で40分ほど、山道を車を走らせて自宅にもどる途中に、まるで私を励ますかのようにほころんだ桜。普段は、別の便利な道を走るのだが、昨日は、ビル群の中で自動車の多い道ではなく、くねくねと曲がりくねった、田んぼのあぜ道を自動車道にひろげたような、両側に田んぼや畑・果樹園のひろがる道を通りたくなったのだ。街中に入り、両側に建物が並ぶようになった、ちょうど角にその桜は立っていた。
しかも、花が咲いているのは、私が近寄るほうの北側だけ。
「お花を咲かせてあげるから、そんなに落ち込まないで。」
通り過ぎながら、桜の声が聞こえた。
2012年04月19日 Posted by dorothy at 07:07 │Comments(0) │TrackBack(0)
正義の味方、ヨワッチイマン
末っ子が幼稚園に通っていたころ、私は病気でほとんど動けない日が続いていた。
幼稚園から帰って来た末っ子は、私の枕元でその日にあったことを話してくれたり、自分で思いついた遊びで私を楽しませてくれていた。
少し私が歩けるようになると、私が立ち上がろうとするたびに飛んできては、小さいからだで私を抱き起して、自分の体を私の脇の下に入れて杖がわりになってくれた。
泣き虫でけんかなどもしたことがない末っ子に名付けたあだ名が「正義の味方、ヨワッチイマン」。宇宙の平和を守ったり悪者と戦ったりするのは、ウルトラマンやガッチャマンなどのヒーローに任せて、困っている人のところにかけつけて助けてくれるのがその使命。
体が治った今でも、車から荷物を降ろす時など、黙っていても手伝ってくれる。
そんな正義の味方、ヨワッチイマンが久しぶりに今日、現れた。
末っ子のクラスがインフルエンザのために学級閉鎖になり、自宅に残っている。
布団上げを私が始めると、すぐに飛んできて、全部やってくれた。
部屋に入った時の掛け声が、
「正義の味方、ヨワッチイマン参上!」
小6でもうすぐ中学生、というのに、真顔でそう叫んで布団に飛びかかる姿に、思わず笑ってしまったが、本人はなぜ私が笑ったのかわからない。
私が説明すると、またまた真顔で、
「じゃぁ、ツヨッチイマンの方がいいの?」
と聞いてくる。そして、
「ツヨッチイマンは、ウルトラマンとか仮面ライダーでしょ?僕は、戦いが下手だから、ツヨッチイマンにはなりたくない。」
と布団をしまいながら真面目に答えてくる。
そうだね。私もあなたはヨワッチイマンでいてほしいと思うよ。
鼻歌を歌いながら部屋の掃除機かけをするヨワッチイマンに、そう声をかけた。
幼稚園から帰って来た末っ子は、私の枕元でその日にあったことを話してくれたり、自分で思いついた遊びで私を楽しませてくれていた。
少し私が歩けるようになると、私が立ち上がろうとするたびに飛んできては、小さいからだで私を抱き起して、自分の体を私の脇の下に入れて杖がわりになってくれた。
泣き虫でけんかなどもしたことがない末っ子に名付けたあだ名が「正義の味方、ヨワッチイマン」。宇宙の平和を守ったり悪者と戦ったりするのは、ウルトラマンやガッチャマンなどのヒーローに任せて、困っている人のところにかけつけて助けてくれるのがその使命。
体が治った今でも、車から荷物を降ろす時など、黙っていても手伝ってくれる。
そんな正義の味方、ヨワッチイマンが久しぶりに今日、現れた。
末っ子のクラスがインフルエンザのために学級閉鎖になり、自宅に残っている。
布団上げを私が始めると、すぐに飛んできて、全部やってくれた。
部屋に入った時の掛け声が、
「正義の味方、ヨワッチイマン参上!」
小6でもうすぐ中学生、というのに、真顔でそう叫んで布団に飛びかかる姿に、思わず笑ってしまったが、本人はなぜ私が笑ったのかわからない。
私が説明すると、またまた真顔で、
「じゃぁ、ツヨッチイマンの方がいいの?」
と聞いてくる。そして、
「ツヨッチイマンは、ウルトラマンとか仮面ライダーでしょ?僕は、戦いが下手だから、ツヨッチイマンにはなりたくない。」
と布団をしまいながら真面目に答えてくる。
そうだね。私もあなたはヨワッチイマンでいてほしいと思うよ。
鼻歌を歌いながら部屋の掃除機かけをするヨワッチイマンに、そう声をかけた。
2012年03月01日 Posted by dorothy at 10:50 │Comments(0) │TrackBack(0)
「『坂の上の雲』の描く世界」終了
昨日で、3年間全9回の「『坂の上の雲』の描く世界」全編終了しました。
中央公民館でも、3年間同一テーマで講座を行うのは初めての試みだった、ということで、冗長になるのではないか、など危惧する意見もあった、と昨日初めて聞かされた。
当初の担当者は1年目で転勤となり、中央公民館の毎年の担当者の方には、ずいぶんご迷惑をおかけした、と思う。
また、昨年度の講座終了後に起こった震災で、会場であった中央公民館が立ち入り禁止となるほどの甚大な被害があり、今年度の開催も当初はめどが立たない状況だった。
そういった状況で迎えた今年度の講座だった。
一昨日の夜は、ほとんど眠れなかった。
午前中はパズル講座で、郊外の公民館での初の仕事だった。
いつもなら、初の仕事でパニックになるのだが、昨日は、午後の「坂の上の雲」最終回のことで頭がいっぱいで、パニックになる暇もなかった。
講座自体は、正岡子規の最晩年を中心に、夏目漱石と与謝野晶子を話した。
夏目漱石の「坊っちゃん」の中で、下宿のおかみさんと坊っちゃんとの会話のシーンを朗読した。
「ネイティブ・マツヤマンです」と言うと、久しぶりに笑いが起こった。私の講座、こうでなくちゃ。
夏目漱石が「方丈記」を英訳した、と話したら、みなさん、驚かれていた。英訳された「方丈記」は国会図書館にあります、というとまた、静かな笑いが起こった。
また、与謝野晶子の「きみしにたまふことなかれ」を紹介し、同時に杜甫の反戦を謳った漢詩も紹介した。この漢詩、正岡子規が五・七調で日本語に意訳している。
最後に、好古・真之ゆかりの松山を紹介した。
もちろん、東高も紹介。また、高校時代に放課後よく行った「青少年センター」も、紹介した。東署前の電停付近に真之は花火の箱を隠した、ということで、そのあたりの写真も見せた。実際、ここは、私の実家に近く、懐かしい光景だった。
最終回だったので、アンケートをしてもらった。
回答は、おおむね「大満足」か「まあ満足」だった。
3年連続で通ってこられた方は、「復習が多すぎて、もう少し踏み込んだ内容にしてもらいたかった。」と書かれていた。全般的には、私自身の感想よりは好意的でありがたかった。次回、もしチャンスがあれば、もっと充実した内容にしたいと思った。
中央公民館でも、3年間同一テーマで講座を行うのは初めての試みだった、ということで、冗長になるのではないか、など危惧する意見もあった、と昨日初めて聞かされた。
当初の担当者は1年目で転勤となり、中央公民館の毎年の担当者の方には、ずいぶんご迷惑をおかけした、と思う。
また、昨年度の講座終了後に起こった震災で、会場であった中央公民館が立ち入り禁止となるほどの甚大な被害があり、今年度の開催も当初はめどが立たない状況だった。
そういった状況で迎えた今年度の講座だった。
一昨日の夜は、ほとんど眠れなかった。
午前中はパズル講座で、郊外の公民館での初の仕事だった。
いつもなら、初の仕事でパニックになるのだが、昨日は、午後の「坂の上の雲」最終回のことで頭がいっぱいで、パニックになる暇もなかった。
講座自体は、正岡子規の最晩年を中心に、夏目漱石と与謝野晶子を話した。
夏目漱石の「坊っちゃん」の中で、下宿のおかみさんと坊っちゃんとの会話のシーンを朗読した。
「ネイティブ・マツヤマンです」と言うと、久しぶりに笑いが起こった。私の講座、こうでなくちゃ。
夏目漱石が「方丈記」を英訳した、と話したら、みなさん、驚かれていた。英訳された「方丈記」は国会図書館にあります、というとまた、静かな笑いが起こった。
また、与謝野晶子の「きみしにたまふことなかれ」を紹介し、同時に杜甫の反戦を謳った漢詩も紹介した。この漢詩、正岡子規が五・七調で日本語に意訳している。
最後に、好古・真之ゆかりの松山を紹介した。
もちろん、東高も紹介。また、高校時代に放課後よく行った「青少年センター」も、紹介した。東署前の電停付近に真之は花火の箱を隠した、ということで、そのあたりの写真も見せた。実際、ここは、私の実家に近く、懐かしい光景だった。
最終回だったので、アンケートをしてもらった。
回答は、おおむね「大満足」か「まあ満足」だった。
3年連続で通ってこられた方は、「復習が多すぎて、もう少し踏み込んだ内容にしてもらいたかった。」と書かれていた。全般的には、私自身の感想よりは好意的でありがたかった。次回、もしチャンスがあれば、もっと充実した内容にしたいと思った。
2012年02月24日 Posted by dorothy at 05:38 │Comments(1) │TrackBack(0)
内部被ばく量検査
うちの子の内部被ばく検査の日程が決まった。
昨年12月上旬に申し込んで、やっと来月の予約が入れられたのだ。
ものすごく混んでいるらしい。
昨年12月上旬に申し込んで、やっと来月の予約が入れられたのだ。
ものすごく混んでいるらしい。
2012年02月20日 Posted by dorothy at 13:19 │Comments(0) │TrackBack(0)
郡山商工会議所ビジネススクールH24年度前期講座
郡山商工会議所ビジネススクールH24年度前期講座のうち、
3講座の担当が決まりました。
○今さら聞けないパソコンステップアップ講座
○イラストレーター体験講座
○EXCEL・WORD(MOS受験コース)講座
です。
先生プロフィールのページには、それぞれの先生の紹介があります。
私も、顔写真入りで紹介されています。
お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。
(公民館での講座と違い、費用がかかります。
また、最少開催人数=5名に達しないと
開催されないこともありますので、ご了承ください。)
※裏話
顔写真が必要、とのことで、商工会議所に行くとき夫に
「せめて、歳相応に見られるように口紅くらい塗っていけ」
と言われ、珍しく、口紅はつけて写真を写してもらいました。
もともと、全然化粧っけのない生活をしているので、
かえって歳がバレバレ・・・はいいのですが、(いや、よくないが)
髪のことを全然考えていなかったので、寝ぐせが~~~!!!
http://www.ko-cci.or.jp/business/school.html
3講座の担当が決まりました。
○今さら聞けないパソコンステップアップ講座
○イラストレーター体験講座
○EXCEL・WORD(MOS受験コース)講座
です。
先生プロフィールのページには、それぞれの先生の紹介があります。
私も、顔写真入りで紹介されています。
お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。
(公民館での講座と違い、費用がかかります。
また、最少開催人数=5名に達しないと
開催されないこともありますので、ご了承ください。)
※裏話
顔写真が必要、とのことで、商工会議所に行くとき夫に
「せめて、歳相応に見られるように口紅くらい塗っていけ」
と言われ、珍しく、口紅はつけて写真を写してもらいました。
もともと、全然化粧っけのない生活をしているので、
かえって歳がバレバレ・・・はいいのですが、(いや、よくないが)
髪のことを全然考えていなかったので、寝ぐせが~~~!!!
http://www.ko-cci.or.jp/business/school.html
2012年02月15日 Posted by dorothy at 06:57 │Comments(0) │TrackBack(0)
柴宮公民館「古典漫遊」講座
昨日で終了した、柴宮公民館「古典漫遊」講座。
ほとんど、漫談調で終わった。
昨日は「平家物語」。
今年の大河ドラマが「平清盛」だから、とても食いつきがよかった。
那須与一の「扇の的」を中心に語った。
ひよどり越えの坂落としからほぼ1年後の出来ごと。
場所は、香川県の屋島。
瀬戸内海の浪の穏やかさを説明した。また、与一が目を開いたときに風が
おさまったのは、時間的にちょうど、夕凪のタイミングだった、と話した。
また、ひよどり越えの坂落としでは、手綱さばきに自信のない武将は
馬を担いで降りた、と話すと、受講生さんの中から「え~?!」と
声が上がった。
当時の馬は、現在の西洋馬と違い、道産子などの小型馬であることを説明した。
だから、今放映されている平清盛などで、サラブレッドにまたがって疾走する
シーンがあっても、それは実際はポニーにまたがってパカパカと走る姿なの
ですよ、と話したら、収拾がつかないほど笑ってくれた。
袋から、「源氏パイ」を出して、
「これは、源氏物語の源氏パイでなくて、平家物語の源氏パイです」
というと、みなさん、キョトンとされていた。
じつは、1965年、ハート形のお菓子を開発した社長が、なにかよい
ネーミングはないか、とかんがえていたときに、大河ドラマ「源義経」で
義経と静(尾上菊之助(当時)と藤純子(当時))のロマンスにあやかろうと
名付けたのが「源氏パイ」だったのだ。
「これから、スーパーなどで買い物をされるときに、この「源氏パイ」を見たら、
『源氏物語じゃなくて源義経の源氏パイ』と思いましょうね。こういうことから
古典がぐ~っと身近になりますね。」
と話したら、みなさん、とてもうれしそうにされていた。
そして、すでにはじまっている、「坂の上の雲の描く世界」講座にも
私の主宰する「古典文学鑑賞会」にも、聴講を希望される方がいらっしゃった。
講座後のアンケートも好評でよかった。
ほとんど、漫談調で終わった。
昨日は「平家物語」。
今年の大河ドラマが「平清盛」だから、とても食いつきがよかった。
那須与一の「扇の的」を中心に語った。
ひよどり越えの坂落としからほぼ1年後の出来ごと。
場所は、香川県の屋島。
瀬戸内海の浪の穏やかさを説明した。また、与一が目を開いたときに風が
おさまったのは、時間的にちょうど、夕凪のタイミングだった、と話した。
また、ひよどり越えの坂落としでは、手綱さばきに自信のない武将は
馬を担いで降りた、と話すと、受講生さんの中から「え~?!」と
声が上がった。
当時の馬は、現在の西洋馬と違い、道産子などの小型馬であることを説明した。
だから、今放映されている平清盛などで、サラブレッドにまたがって疾走する
シーンがあっても、それは実際はポニーにまたがってパカパカと走る姿なの
ですよ、と話したら、収拾がつかないほど笑ってくれた。
袋から、「源氏パイ」を出して、
「これは、源氏物語の源氏パイでなくて、平家物語の源氏パイです」
というと、みなさん、キョトンとされていた。
じつは、1965年、ハート形のお菓子を開発した社長が、なにかよい
ネーミングはないか、とかんがえていたときに、大河ドラマ「源義経」で
義経と静(尾上菊之助(当時)と藤純子(当時))のロマンスにあやかろうと
名付けたのが「源氏パイ」だったのだ。
「これから、スーパーなどで買い物をされるときに、この「源氏パイ」を見たら、
『源氏物語じゃなくて源義経の源氏パイ』と思いましょうね。こういうことから
古典がぐ~っと身近になりますね。」
と話したら、みなさん、とてもうれしそうにされていた。
そして、すでにはじまっている、「坂の上の雲の描く世界」講座にも
私の主宰する「古典文学鑑賞会」にも、聴講を希望される方がいらっしゃった。
講座後のアンケートも好評でよかった。
2012年02月14日 Posted by dorothy at 05:25 │Comments(0) │TrackBack(0)
「契きな かた身に袖を しぼりつゝ 末の松山 浪越さじとは」
「契きな かた身に袖を しぼりつゝ 末の松山 浪越さじとは」
百人一首の一つ、清原元輔の歌である。
今年のお正月に百人一首講座を担当するにあたり、和歌を調べているとき
ちょっと気になっていたのだが、先に調べなければならないことが
たくさんあったので、後回しにしているうちに、忘れていた。
次年度以降の新規講座営業用に資料を作っているときに
ふいに思い出して、調べてみた。
何が気になったか、というと、「浪越さじ」の表現である。
これは、もしかしたら、津波を意味するのではないか、と思ったのだ。
はっきりとはわからないが、やはり、この歌は
貞観の大地震の津波で、助かった多賀城の松のことを
歌った歌であるようだ。
飲み屋のおかみさんが、客の一人に化けた猩々を殺してその
血をうろうとしているのを、店の子が気付き、猩々に教えたところ、
猩々がその子に「自分が殺されたら、空が黒くなるから、そうなったら
松の根元まで逃げろ」と教えられ、数日後に空が暗くなったので
いちもくさんにその松まで逃げて、その子は助かった、という
伝説が、多賀城には残されているそうだ。その、松がこの
歌に歌われた松なのだ。
一説によると、京都・祇園祭りは、貞観の大地震で亡くなった方への
鎮魂祭だ、とも言われている。祇園祭の発祥については、諸説あるので
ここでは詳細を述べるつもりはないが、そういう意見もある、と紹介だけ
しておく。
いずれにしても、ちゃんと、百人一首にも、津波のことは記されていた。
温故知新。
古典には、知恵があふれている、と思った。
百人一首の一つ、清原元輔の歌である。
今年のお正月に百人一首講座を担当するにあたり、和歌を調べているとき
ちょっと気になっていたのだが、先に調べなければならないことが
たくさんあったので、後回しにしているうちに、忘れていた。
次年度以降の新規講座営業用に資料を作っているときに
ふいに思い出して、調べてみた。
何が気になったか、というと、「浪越さじ」の表現である。
これは、もしかしたら、津波を意味するのではないか、と思ったのだ。
はっきりとはわからないが、やはり、この歌は
貞観の大地震の津波で、助かった多賀城の松のことを
歌った歌であるようだ。
飲み屋のおかみさんが、客の一人に化けた猩々を殺してその
血をうろうとしているのを、店の子が気付き、猩々に教えたところ、
猩々がその子に「自分が殺されたら、空が黒くなるから、そうなったら
松の根元まで逃げろ」と教えられ、数日後に空が暗くなったので
いちもくさんにその松まで逃げて、その子は助かった、という
伝説が、多賀城には残されているそうだ。その、松がこの
歌に歌われた松なのだ。
一説によると、京都・祇園祭りは、貞観の大地震で亡くなった方への
鎮魂祭だ、とも言われている。祇園祭の発祥については、諸説あるので
ここでは詳細を述べるつもりはないが、そういう意見もある、と紹介だけ
しておく。
いずれにしても、ちゃんと、百人一首にも、津波のことは記されていた。
温故知新。
古典には、知恵があふれている、と思った。
2012年02月10日 Posted by dorothy at 12:16 │Comments(0) │TrackBack(0)
郡山中央公民館主催「坂の上の雲の世界・第三部」
昨日、郡山中央公民館主催「坂の上の雲の世界・第三部」の1回目講座を担当しました。
毎度のことながら直前までパニクりまくっていました。
特に、今回は場所が公会堂で、入場可能人数が150人の会場。
とりあえずの定員は60名でしたが、今週月曜の段階での申し込みは20名ほど。
今、担当しているほかの講座の受講生や、知り合いなどに声をかけてみた。
行ってみると、最終的に60名近くいたのではないか?と思うほどだった。
最初に準備されていたテーブルは満席になり、追加で3台、テーブルを出してもらった。
会場の7割くらいは、過去に私の講座を受講した人。
また、その受講生に誘われて(連れられて)来た方もいる。
「夫と友達を連れてきました!」
とおっしゃる方もいる。
当日の申し込みで、ぐっと人数が増えたようである。
さて・・内容。
今回は、1年ぶり、ということで、「坂の上の雲」のあらすじを説明した。
もう3回目なので、リピーターは、「またか・・」と思うところもあったようだが、初めて参加してくださった方もいるし、やはり全体を通した内容や、時代背景は必要なので、話した。
後半には、好古の人柄について触れた。
日露戦争で大陸に渡っている間に、2回しかお風呂に入らなかった、というエピソードから江戸から明治期の銭湯について。今は、銭湯も温泉もあまり変わらないが、当時は全然別物だった、という違いを際立たせた。
また、好古、という人物の高潔さ・偉大さをエピソードを踏まえて話した。
「日本・騎兵の父」としての好古、日露戦争前の悲劇・八甲田山の行軍演習、乃木希典について、は次回に持ち越した。
私の講座にしては、あまり笑いがなかったのは、私に余裕がなかったから。
でも、後半、何度か少しだけ笑ってもらう内容にもっていけたのは、よかったのか?
まだ、次回のレジュメもできていない。
今回の反省を盛り込んだ内容にしなければ・・・
ということで、みなさん、お騒がせしました。
なんとか初回、乗りきれました。次回はよりよい内容になるよう、がんばります!!
毎度のことながら直前までパニクりまくっていました。
特に、今回は場所が公会堂で、入場可能人数が150人の会場。
とりあえずの定員は60名でしたが、今週月曜の段階での申し込みは20名ほど。
今、担当しているほかの講座の受講生や、知り合いなどに声をかけてみた。
行ってみると、最終的に60名近くいたのではないか?と思うほどだった。
最初に準備されていたテーブルは満席になり、追加で3台、テーブルを出してもらった。
会場の7割くらいは、過去に私の講座を受講した人。
また、その受講生に誘われて(連れられて)来た方もいる。
「夫と友達を連れてきました!」
とおっしゃる方もいる。
当日の申し込みで、ぐっと人数が増えたようである。
さて・・内容。
今回は、1年ぶり、ということで、「坂の上の雲」のあらすじを説明した。
もう3回目なので、リピーターは、「またか・・」と思うところもあったようだが、初めて参加してくださった方もいるし、やはり全体を通した内容や、時代背景は必要なので、話した。
後半には、好古の人柄について触れた。
日露戦争で大陸に渡っている間に、2回しかお風呂に入らなかった、というエピソードから江戸から明治期の銭湯について。今は、銭湯も温泉もあまり変わらないが、当時は全然別物だった、という違いを際立たせた。
また、好古、という人物の高潔さ・偉大さをエピソードを踏まえて話した。
「日本・騎兵の父」としての好古、日露戦争前の悲劇・八甲田山の行軍演習、乃木希典について、は次回に持ち越した。
私の講座にしては、あまり笑いがなかったのは、私に余裕がなかったから。
でも、後半、何度か少しだけ笑ってもらう内容にもっていけたのは、よかったのか?
まだ、次回のレジュメもできていない。
今回の反省を盛り込んだ内容にしなければ・・・
ということで、みなさん、お騒がせしました。
なんとか初回、乗りきれました。次回はよりよい内容になるよう、がんばります!!
2012年02月10日 Posted by dorothy at 04:34 │Comments(0) │TrackBack(0)
郡山の月光仮面
2月2日、喜久田駅近くの道を車で走っていました。
道路はツルツルでしたが、前の車の流れに沿って走っていました。
線路のほうに向かって左折したところ、吹き溜まりがありましたが、轍があったので、そのまま突っ込んだところ、車が動かなくなりました。バックしたのですが動きません。「立ち往生」してしまったのです。
そこへ、反対車線から車が近付いてきました。
雪は、私の車線側にはたくさんありましたが、反対車線はなんとか通れるほどの量です。無視して通り過ぎてもかまわないのですが、私が困っていることに気付いて、男性三人が降りてきてくれました。
バックで動かそうと、前を押したり、車の下の雪をかきだしたりしてくれましたが、動きません。動転して何もできない私にかわって、道路サービスを呼んでくれました。そして、「救援が来るまで、車の中で待っていましょう。自分たちも車で待っています。」と言って、待っていてくれました。
また、通りすがりの高校生男子三人組に、「すまないけど、押すのを、手伝って。」と声をかけ、動かないとわかると、「やぁ、すまないね。」と言ってくれるのです。
やがて、近くの方が雪かき用のスコップを何本も手に来てくれて、車の下の雪をかきだしてくれました。少し動きそうだ、ということで、私が運転席に入りかけると、「私が運転をかわりましょう。」と声をかけてくださり、運転をかわってくれ、ほかの人たち6人くらいで前から押しました。最初はまだ雪の山にのりあげた形でしたが、少し引き上げながら押すと、とうとう動くことができました。
その間、ブリザードが吹き荒れ、私はしゃがみこむことしかできませんでした。
「どちらさまですか?」と尋ねても、「いやぁ、別にいいですよ。」と笑ったきりでした。
「あっちの道は全然平気だから、Uターンしたらいいですよ。」と、吹きさらしの中で、誘導までしてくれました。
様子からみて、車の三人は、仕事でどちらかに行く途中だったようです。それなのに、迷惑そうな顔もせず、最後まで面倒をみてくれたのです。
また、近くの方たちは、その吹き溜まりをきれいにどかしてくれて、あとから来る車が同じ目にあわないようにしてくれたのです。
ただ立っているだけで、(下が凍っているために)風で体が動くほどの風の中で、ひたすら、他人のために。
本当に感謝します。あの、猛烈な吹雪の中、まったくの他人のために一生懸命になってくれる人たち。吹雪の中だったので、お顔もあまり覚えておらず、感謝をどのように伝えてよいかわからず、ただ、あの人たちの幸いを祈るだけです。
こんな素晴らしい人たちが住む郡山。ここ郡山が復興し発展していくことを祈るとともに、私もその一員としてがんばろう、という勇気をもらえた出来事でした。
道路はツルツルでしたが、前の車の流れに沿って走っていました。
線路のほうに向かって左折したところ、吹き溜まりがありましたが、轍があったので、そのまま突っ込んだところ、車が動かなくなりました。バックしたのですが動きません。「立ち往生」してしまったのです。
そこへ、反対車線から車が近付いてきました。
雪は、私の車線側にはたくさんありましたが、反対車線はなんとか通れるほどの量です。無視して通り過ぎてもかまわないのですが、私が困っていることに気付いて、男性三人が降りてきてくれました。
バックで動かそうと、前を押したり、車の下の雪をかきだしたりしてくれましたが、動きません。動転して何もできない私にかわって、道路サービスを呼んでくれました。そして、「救援が来るまで、車の中で待っていましょう。自分たちも車で待っています。」と言って、待っていてくれました。
また、通りすがりの高校生男子三人組に、「すまないけど、押すのを、手伝って。」と声をかけ、動かないとわかると、「やぁ、すまないね。」と言ってくれるのです。
やがて、近くの方が雪かき用のスコップを何本も手に来てくれて、車の下の雪をかきだしてくれました。少し動きそうだ、ということで、私が運転席に入りかけると、「私が運転をかわりましょう。」と声をかけてくださり、運転をかわってくれ、ほかの人たち6人くらいで前から押しました。最初はまだ雪の山にのりあげた形でしたが、少し引き上げながら押すと、とうとう動くことができました。
その間、ブリザードが吹き荒れ、私はしゃがみこむことしかできませんでした。
「どちらさまですか?」と尋ねても、「いやぁ、別にいいですよ。」と笑ったきりでした。
「あっちの道は全然平気だから、Uターンしたらいいですよ。」と、吹きさらしの中で、誘導までしてくれました。
様子からみて、車の三人は、仕事でどちらかに行く途中だったようです。それなのに、迷惑そうな顔もせず、最後まで面倒をみてくれたのです。
また、近くの方たちは、その吹き溜まりをきれいにどかしてくれて、あとから来る車が同じ目にあわないようにしてくれたのです。
ただ立っているだけで、(下が凍っているために)風で体が動くほどの風の中で、ひたすら、他人のために。
本当に感謝します。あの、猛烈な吹雪の中、まったくの他人のために一生懸命になってくれる人たち。吹雪の中だったので、お顔もあまり覚えておらず、感謝をどのように伝えてよいかわからず、ただ、あの人たちの幸いを祈るだけです。
こんな素晴らしい人たちが住む郡山。ここ郡山が復興し発展していくことを祈るとともに、私もその一員としてがんばろう、という勇気をもらえた出来事でした。
2012年02月03日 Posted by dorothy at 05:44 │Comments(0) │TrackBack(0)
「坂の上の雲の世界」開講のお知らせ
2月開講の「坂の上の雲の世界 第3部」のチラシがサイトで検索できるようになりました。
http://www.city.koriyama.fukushima.jp/upload/1/1212_sakanoue.pdf
お近くの方は、ぜひ、参加して下さい。ただし、郡山市に在住または在勤者が対象です。
今回は、定員が大幅にUPしました。また、とりあえず60人定員とありますが、
最高150人はゆうゆう入る場所です。ですので、場合によっては
定員増も可能性がありますので、思いついた方は、ぜひ、ご参加ください。
応募があまりに少なくて閑古鳥はちょっと困るので、思いついたサイトには
全部この記事を載せています。
http://www.city.koriyama.fukushima.jp/upload/1/1212_sakanoue.pdf
お近くの方は、ぜひ、参加して下さい。ただし、郡山市に在住または在勤者が対象です。
今回は、定員が大幅にUPしました。また、とりあえず60人定員とありますが、
最高150人はゆうゆう入る場所です。ですので、場合によっては
定員増も可能性がありますので、思いついた方は、ぜひ、ご参加ください。
応募があまりに少なくて閑古鳥はちょっと困るので、思いついたサイトには
全部この記事を載せています。
2012年01月20日 Posted by dorothy at 10:26 │Comments(0) │TrackBack(0)
今日の文学講座
今日の講座会場、今まで文学講座を開いたことがなく、人が集まるか、聞いた人がおもしろいと思ってくれるか、ちょっと心配をしていた。
受講生は16人。
古典に興味のなさそうな人から、私の講座を何度も受講に駆けつけてくれるリピータまでいろいろ。
2時間の講座では、古今和歌集仮名序の文学的価値、万葉集に出てくる「たまな」ちゃんの話(胸が大きくて腰の細い、まるで「スズメバチ」みたいな体型だ、と歌っている)、「さつきまつ」の和歌と伊勢物語の同じ内容について、などなど。
小野小町と「まちばり」の語源が一緒である、という説とその由来について、などを話した。また、行平(業平のお兄ちゃん)と「ゆきひら鍋」について、など。
伊勢物語の「都鳥」が、実は「ユリカモメ」だ、と話したら、みなさん驚きと同時にとても喜んだ。
中でも、今回の目玉は、「古今和歌集 仮名序」。
「やまとうたは ひとのこころを たねとして」で始まるこの名文は、文学の革命的位置づけである、と話した。
明治の「言文一致体」運動があったが、それと同じことを紀貫之はやったのだ。当時、文字文化は漢字がまともな文字であり、記述するのも漢文が正式。これを、勅撰和歌集の冒頭で、ひらがなでしかも和文で書いたのである。
これは、現代に置き換えると、公式文書に絵文字や「あけおめ」のような若者言葉を駆使して後世に残したようなもの。その、革命的覚悟たるや、すごいものがある。
実際、もし、原発関連のニュースを
「ドッヒャー、超マジ、信じらンない数値が出ちったよ@_@」
などと書いたら、書いた本人、なんか頭のねじが抜けたのじゃないか、と思われる。それくらい、当時の知識人にとってひらがなで、日本語で天皇から申し遣った和歌集の冒頭を書いたのは、暴挙に値する、といっても過言ではない。
残念ながら、私はまだ生まれていなかったので、この話が本当かどうかは、定かではないのですが・・・
と言ったとたんに、部屋が爆発するか、と思うくらいの笑い声が響いた。
受講生は16人。
古典に興味のなさそうな人から、私の講座を何度も受講に駆けつけてくれるリピータまでいろいろ。
2時間の講座では、古今和歌集仮名序の文学的価値、万葉集に出てくる「たまな」ちゃんの話(胸が大きくて腰の細い、まるで「スズメバチ」みたいな体型だ、と歌っている)、「さつきまつ」の和歌と伊勢物語の同じ内容について、などなど。
小野小町と「まちばり」の語源が一緒である、という説とその由来について、などを話した。また、行平(業平のお兄ちゃん)と「ゆきひら鍋」について、など。
伊勢物語の「都鳥」が、実は「ユリカモメ」だ、と話したら、みなさん驚きと同時にとても喜んだ。
中でも、今回の目玉は、「古今和歌集 仮名序」。
「やまとうたは ひとのこころを たねとして」で始まるこの名文は、文学の革命的位置づけである、と話した。
明治の「言文一致体」運動があったが、それと同じことを紀貫之はやったのだ。当時、文字文化は漢字がまともな文字であり、記述するのも漢文が正式。これを、勅撰和歌集の冒頭で、ひらがなでしかも和文で書いたのである。
これは、現代に置き換えると、公式文書に絵文字や「あけおめ」のような若者言葉を駆使して後世に残したようなもの。その、革命的覚悟たるや、すごいものがある。
実際、もし、原発関連のニュースを
「ドッヒャー、超マジ、信じらンない数値が出ちったよ@_@」
などと書いたら、書いた本人、なんか頭のねじが抜けたのじゃないか、と思われる。それくらい、当時の知識人にとってひらがなで、日本語で天皇から申し遣った和歌集の冒頭を書いたのは、暴挙に値する、といっても過言ではない。
残念ながら、私はまだ生まれていなかったので、この話が本当かどうかは、定かではないのですが・・・
と言ったとたんに、部屋が爆発するか、と思うくらいの笑い声が響いた。
2012年01月16日 Posted by dorothy at 19:41 │Comments(0) │TrackBack(0)
予算委員会より決算報告会を
仕訳で、あれだけ政治家がかみついても、結局それを
「政治ショー」にしか見えないように仕向けた、公務員たち。
だって、必死に調べてかみついても、それをいつの間にか
元にもどしたり無効にしたり、それをしたのは公務員。
自分たちのお金を取り込むことを目的にして、予算を
使い切ることに専念する。
そうじゃなくて、予算はそこそこ見積もっておいて、それを
きちんと無駄なく使ったのか、そこを見極めるのが
大切ではないのか?
無駄ばかりして、たくさんの予算を使い切ったところには
次からは予算は削減、逆に決算報告が明瞭で無駄がない、
と国民に示せたところは、次年度はその希望額どおり、
などなど。
公務員の無駄は、大きくは天下り、小さいところでは、
コピー用紙の無駄遣い、省エネ意識の低さなど。
電力量自粛の今年の夏場、公務員宿舎での
電力量はどうだったのか?また、省庁の各建物の
電力量は?
公務員宿舎は個人の使用だ、とはいえ、公僕といわれる
人たちが税金の補助を受けながら利用しているのだから、
公開(総額でよいから)をしてもよいと思う。
公務員宿舎のうち、単身者利用のところは、
水道代が無料、と聞いたが、それは本当か?
いずれにしても、予算委員会ばかりが目立つのはおかしい。
予算があれば決算がある。
一般企業では、予算よりも決算報告に時間をかけて
資料を作っている。税金の申告のため、また
出資者への報告義務のためだ。
同じことが国にも言える。
本来、仕訳事業とは、決算報告会の延長で
あるべきではないのか?
最初に言ったとおり、政治家がどんなに噛み付いても
それを無にしてしまう、官僚の力。
私達は、そこに気づくべきではないのか?
民主党の仕訳を「政治ショー」と揶揄するのではなく、
「政治ショー」に帰してしまった、帰させた官僚の
ありようこそを問題視しなければならないのだ。
「政治ショー」にしか見えないように仕向けた、公務員たち。
だって、必死に調べてかみついても、それをいつの間にか
元にもどしたり無効にしたり、それをしたのは公務員。
自分たちのお金を取り込むことを目的にして、予算を
使い切ることに専念する。
そうじゃなくて、予算はそこそこ見積もっておいて、それを
きちんと無駄なく使ったのか、そこを見極めるのが
大切ではないのか?
無駄ばかりして、たくさんの予算を使い切ったところには
次からは予算は削減、逆に決算報告が明瞭で無駄がない、
と国民に示せたところは、次年度はその希望額どおり、
などなど。
公務員の無駄は、大きくは天下り、小さいところでは、
コピー用紙の無駄遣い、省エネ意識の低さなど。
電力量自粛の今年の夏場、公務員宿舎での
電力量はどうだったのか?また、省庁の各建物の
電力量は?
公務員宿舎は個人の使用だ、とはいえ、公僕といわれる
人たちが税金の補助を受けながら利用しているのだから、
公開(総額でよいから)をしてもよいと思う。
公務員宿舎のうち、単身者利用のところは、
水道代が無料、と聞いたが、それは本当か?
いずれにしても、予算委員会ばかりが目立つのはおかしい。
予算があれば決算がある。
一般企業では、予算よりも決算報告に時間をかけて
資料を作っている。税金の申告のため、また
出資者への報告義務のためだ。
同じことが国にも言える。
本来、仕訳事業とは、決算報告会の延長で
あるべきではないのか?
最初に言ったとおり、政治家がどんなに噛み付いても
それを無にしてしまう、官僚の力。
私達は、そこに気づくべきではないのか?
民主党の仕訳を「政治ショー」と揶揄するのではなく、
「政治ショー」に帰してしまった、帰させた官僚の
ありようこそを問題視しなければならないのだ。
2011年11月22日 Posted by dorothy at 05:11 │Comments(0) │TrackBack(0)
1999年村上春樹は原発について言及していた
「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」
所収のおまけ2の中で、
「(前略)
技術的に原子力を廃絶できるシステムを作りあげることに成功すれば、
日本という国家の重みが現実的に、歴史的にがらっと大きく違ってくるはずだ。
(後略)」
(改行は入力者:サイトで読みやすくするため)
と書いている。カタルーニャでスピーチをする、12年前である。
この言葉は、とても重い。
今、原発再稼動しなければ、電力不足、と叫ぶ声が聞こえる。
しかし、電力に依存しない生活、少々の不便を共有しながら
電力の上に享受している楽な生活や見かけの上の快適さを
削除・削減し、長期的な幸福を見つけるべきではないか。
老人や病人のエアコンを止めろ、とは言わない。
しかし、子どもには、エアコンの効いた部屋で
パソコンゲームを楽しむのでなく、体を動かし汗を
かくことで暑さをしのくことを覚えるようにする、とか
電力供給のピークは日中の2~3時間なのだから、
その間、仕事を分散させて、オフィスをサマータイムでなく
夜シフトにし、冬場の暖房が必要になるときには、これまた
逆に日中にもどす、これは、1ヶ月ごとに出社時間を2時間ずらせば
(あるいは15日ごとに1時間)、対応できることだ。
もっというと、あるオフィスと別のオフィスが場所を共有し、
8:00~20:00までと20:00~翌日8:00で
オフィス稼動を切り替えると、場所代の無駄が省ける。
ずっとエアコンをつけているから、出社してからの
部屋全体を暖めるまでの電力の無駄も省ける。
ルーム・シェアという考え方は、国や地域によっては
かなり進んでいる。
あるいは、工場の生産ラインをシフト体制にする、という
のと基本的には同じことである。
昼間の数時間の電力不足の懸念で、原発再稼動に
飛びつくのはどうだろう?と思う。
自宅にいる人は、電力ピークの時間帯を買い物時間に充てる、
などのちょっとした工夫で、原発再稼動しなくてすむ可能性に
一歩近づくのだ。
原発による燃料廃棄物の処理も決まっていない、
ひとたび事故が起こったら、数十キロ圏での被害は間違いない、
だから、誘致した自治体だけでOK、NGを問うべきでない。
それなのに、玄海原発は再稼動はじめた。
廃棄物の処理を、誘致自治体が責任もってずっと
保管・管理するのだろうか?
放射能に汚染されたがれきの受け入れも決まらない、
放射能の除染の方法もまだ確立されていない。
どうすればいいのか?
所収のおまけ2の中で、
「(前略)
技術的に原子力を廃絶できるシステムを作りあげることに成功すれば、
日本という国家の重みが現実的に、歴史的にがらっと大きく違ってくるはずだ。
(後略)」
(改行は入力者:サイトで読みやすくするため)
と書いている。カタルーニャでスピーチをする、12年前である。
この言葉は、とても重い。
今、原発再稼動しなければ、電力不足、と叫ぶ声が聞こえる。
しかし、電力に依存しない生活、少々の不便を共有しながら
電力の上に享受している楽な生活や見かけの上の快適さを
削除・削減し、長期的な幸福を見つけるべきではないか。
老人や病人のエアコンを止めろ、とは言わない。
しかし、子どもには、エアコンの効いた部屋で
パソコンゲームを楽しむのでなく、体を動かし汗を
かくことで暑さをしのくことを覚えるようにする、とか
電力供給のピークは日中の2~3時間なのだから、
その間、仕事を分散させて、オフィスをサマータイムでなく
夜シフトにし、冬場の暖房が必要になるときには、これまた
逆に日中にもどす、これは、1ヶ月ごとに出社時間を2時間ずらせば
(あるいは15日ごとに1時間)、対応できることだ。
もっというと、あるオフィスと別のオフィスが場所を共有し、
8:00~20:00までと20:00~翌日8:00で
オフィス稼動を切り替えると、場所代の無駄が省ける。
ずっとエアコンをつけているから、出社してからの
部屋全体を暖めるまでの電力の無駄も省ける。
ルーム・シェアという考え方は、国や地域によっては
かなり進んでいる。
あるいは、工場の生産ラインをシフト体制にする、という
のと基本的には同じことである。
昼間の数時間の電力不足の懸念で、原発再稼動に
飛びつくのはどうだろう?と思う。
自宅にいる人は、電力ピークの時間帯を買い物時間に充てる、
などのちょっとした工夫で、原発再稼動しなくてすむ可能性に
一歩近づくのだ。
原発による燃料廃棄物の処理も決まっていない、
ひとたび事故が起こったら、数十キロ圏での被害は間違いない、
だから、誘致した自治体だけでOK、NGを問うべきでない。
それなのに、玄海原発は再稼動はじめた。
廃棄物の処理を、誘致自治体が責任もってずっと
保管・管理するのだろうか?
放射能に汚染されたがれきの受け入れも決まらない、
放射能の除染の方法もまだ確立されていない。
どうすればいいのか?
2011年11月21日 Posted by dorothy at 05:54 │Comments(0) │TrackBack(0)
放射線量
近くのビニールハウスわきの放射線量、24マイクロシーベルト/h。
そこの家の人に土をはがすように頼んでも、NO。
近所の人や子ども会の人も手伝うから、といっても、NO。
はがした土の保管場所がないから、というのがその理由。
福島市などは、土地の検査を行い、市の90%を
除染する、という考えも発表されているのに。
除染作業の費用にしても、土にしても、まず、
東電が全部ひっかぶるものだと、それにしても
今でも強く思う。
どうして、私達が、汚染水にまみれながら除染して、
それでもあまり下がらない、と日々、苦慮しなければ
ならないのか・・・。
そこの家の人に土をはがすように頼んでも、NO。
近所の人や子ども会の人も手伝うから、といっても、NO。
はがした土の保管場所がないから、というのがその理由。
福島市などは、土地の検査を行い、市の90%を
除染する、という考えも発表されているのに。
除染作業の費用にしても、土にしても、まず、
東電が全部ひっかぶるものだと、それにしても
今でも強く思う。
どうして、私達が、汚染水にまみれながら除染して、
それでもあまり下がらない、と日々、苦慮しなければ
ならないのか・・・。
2011年11月20日 Posted by dorothy at 07:51 │Comments(1) │TrackBack(0)
坂の上の雲講座
最近、講座の様子をアップしていません。
ごめんなさい。
坂の上の雲講座が始まりました。
1回目が正岡子規と仲間たち。
でも、結局2時間、正岡子規を語るだけで終わってしまった。
正岡子規は、語り始めると本当にいろいろな
エピソードが出てきて、とても魅力的。
また、新聞などで論争しても、その相手と最終的には
和解し、中には門人になるほど心酔することもある。
とても魅力ある人間だったのだろう。
あと2回。
まだまだやることだらけである。
ごめんなさい。
坂の上の雲講座が始まりました。
1回目が正岡子規と仲間たち。
でも、結局2時間、正岡子規を語るだけで終わってしまった。
正岡子規は、語り始めると本当にいろいろな
エピソードが出てきて、とても魅力的。
また、新聞などで論争しても、その相手と最終的には
和解し、中には門人になるほど心酔することもある。
とても魅力ある人間だったのだろう。
あと2回。
まだまだやることだらけである。
2011年02月02日 Posted by dorothy at 18:41 │Comments(0) │TrackBack(0)
古典文学鑑賞会 10月13日の内容
※次回は11月10日です。
(10月27日は講師都合により休み)
源氏物語 須磨の帖、第一章を取り上げた。
源氏物語は、「須磨がえり」「明石がえり」と
言われるほど、須磨・明石の帖あたりで読むのを
やめる人が多い。
だが、明石の帖のあと、源氏は政治家として
大変身を遂げるから、このあとがおもしろくなる。
というわけで、源氏物語も、須磨の帖あたりまでは
大体あらすじがわかっているから、簡単な説明だけで
内容が把握できるのも確かである。
須磨の第一章は、まだ須磨に出発する前の
段階である。朧月夜との関係が露見し
京都にいづらくなった源氏は、蟄居して
反省の姿勢を見せるために須磨に行くことを
決意する。
その出発前に、関係のあった女性や正妻の実家などに
挨拶にまわる。
正妻格となっていた紫の上は、自分も連れて行って
ほしい、と懇願する。また、源氏も、幼少のころから
手元に引き取ったこの女性を残しておくには忍びないと
思いつつも、女性を連れて行ったのでは、反省の
姿にならない、という政治的判断から、紫の上を
京都に残していくことにする。
当時、京都という都会であっても、夜中に路上にいると
夜盗に襲われたり、ときには野犬に食い殺されたりも
するような町であった。都会ですらそうである。
ましてや、当時の政治の範囲の境であった須磨とも
なると、どんなにわびしくまた危険であったか、と
紫の上の心情を慮る。
また、源氏物語は、執筆時期より大体100年ほど
昔あたりを想定して書かれている、といわれている。
100年と正確には括らずとも、エピソードの
そこここに100年~30年くらい前のものが
うまく織り込まれている。
その時期に日本のあちこちで起こったできごとを
重ねると、瀬戸内海の治安についても想像できる
ことがある。だからこそ、紫の上は、夜盗も野犬も
こわい上に瀬戸内海を渡ることの不安を感じて
いたのではないだろうか、と説明。
このほか、源氏物語が書かれた時代から100年を
さかのぼり、実在の帝の名前やそれぞれのおもな
エピソードを説明した。
出発が3月20日+αだ、という記述では、
当時の人は、この日付を聞いただけで、ははぁ、
あの人のあのエピソードを言っているな、と
想像できる日付だ、と、そこまで紫式部は
考えて練りこんでいます、と説明した。
また、この帖は他の帖に比べて故事の参照が
多く、古今和歌集からの引用も多く見られる。
この、須磨を書いた時期に、紫式部の身の上に
大きな進展があったのではないか、という推論を
展開してみた。
つまり、紫の上系・玉鬘系のうち、玉鬘系を除いた
話の流れの中で、この帖は、急に大人び、また
自信にあふれた筆致に変っている。
これは、スポンサーとして巨大な力がついたのでは
ないか、作家としての地位の確立を認識した結果
それまでの硬さがとれ、のびのびと書ける様に
なり、ときには、費用をかけて、故事を調べる
ことも可能になったからではないか。
など、これも類推をたくましくして楽しんだ。
気がついたら、あっという間の2時間だった。
みなさんも満足そうだったので安心した。
今月はこの1回のみ、次回は11月の第2水曜である。
(10月27日は講師都合により休み)
源氏物語 須磨の帖、第一章を取り上げた。
源氏物語は、「須磨がえり」「明石がえり」と
言われるほど、須磨・明石の帖あたりで読むのを
やめる人が多い。
だが、明石の帖のあと、源氏は政治家として
大変身を遂げるから、このあとがおもしろくなる。
というわけで、源氏物語も、須磨の帖あたりまでは
大体あらすじがわかっているから、簡単な説明だけで
内容が把握できるのも確かである。
須磨の第一章は、まだ須磨に出発する前の
段階である。朧月夜との関係が露見し
京都にいづらくなった源氏は、蟄居して
反省の姿勢を見せるために須磨に行くことを
決意する。
その出発前に、関係のあった女性や正妻の実家などに
挨拶にまわる。
正妻格となっていた紫の上は、自分も連れて行って
ほしい、と懇願する。また、源氏も、幼少のころから
手元に引き取ったこの女性を残しておくには忍びないと
思いつつも、女性を連れて行ったのでは、反省の
姿にならない、という政治的判断から、紫の上を
京都に残していくことにする。
当時、京都という都会であっても、夜中に路上にいると
夜盗に襲われたり、ときには野犬に食い殺されたりも
するような町であった。都会ですらそうである。
ましてや、当時の政治の範囲の境であった須磨とも
なると、どんなにわびしくまた危険であったか、と
紫の上の心情を慮る。
また、源氏物語は、執筆時期より大体100年ほど
昔あたりを想定して書かれている、といわれている。
100年と正確には括らずとも、エピソードの
そこここに100年~30年くらい前のものが
うまく織り込まれている。
その時期に日本のあちこちで起こったできごとを
重ねると、瀬戸内海の治安についても想像できる
ことがある。だからこそ、紫の上は、夜盗も野犬も
こわい上に瀬戸内海を渡ることの不安を感じて
いたのではないだろうか、と説明。
このほか、源氏物語が書かれた時代から100年を
さかのぼり、実在の帝の名前やそれぞれのおもな
エピソードを説明した。
出発が3月20日+αだ、という記述では、
当時の人は、この日付を聞いただけで、ははぁ、
あの人のあのエピソードを言っているな、と
想像できる日付だ、と、そこまで紫式部は
考えて練りこんでいます、と説明した。
また、この帖は他の帖に比べて故事の参照が
多く、古今和歌集からの引用も多く見られる。
この、須磨を書いた時期に、紫式部の身の上に
大きな進展があったのではないか、という推論を
展開してみた。
つまり、紫の上系・玉鬘系のうち、玉鬘系を除いた
話の流れの中で、この帖は、急に大人び、また
自信にあふれた筆致に変っている。
これは、スポンサーとして巨大な力がついたのでは
ないか、作家としての地位の確立を認識した結果
それまでの硬さがとれ、のびのびと書ける様に
なり、ときには、費用をかけて、故事を調べる
ことも可能になったからではないか。
など、これも類推をたくましくして楽しんだ。
気がついたら、あっという間の2時間だった。
みなさんも満足そうだったので安心した。
今月はこの1回のみ、次回は11月の第2水曜である。
2010年10月14日 Posted by dorothy at 05:14 │Comments(0) │TrackBack(0)
磁器婚式(陶器婚式)
いつの間にか、結婚20周年。
昨日は、結婚式を挙げた結婚記念日だった。
例年、夫はそういうことに無関心だった。
が、今年は、なぜか覚えていたようで
昼過ぎに、
「買い物に行こうか。」
と言いだした。
行った先は、おいしいケーキ屋。
ロールケーキを買って帰った。
夕食後、このケーキを食べた。
結婚20年は磁器婚式、あるいは陶器婚式と
名付けられている。
食器大好きの私。
予算に余裕があれば、ウェッジウッドでも
買いたいものだが・・・ま、それは
余裕のある生活ができるようになるまで
まとう。
昨日は、結婚式を挙げた結婚記念日だった。
例年、夫はそういうことに無関心だった。
が、今年は、なぜか覚えていたようで
昼過ぎに、
「買い物に行こうか。」
と言いだした。
行った先は、おいしいケーキ屋。
ロールケーキを買って帰った。
夕食後、このケーキを食べた。
結婚20年は磁器婚式、あるいは陶器婚式と
名付けられている。
食器大好きの私。
予算に余裕があれば、ウェッジウッドでも
買いたいものだが・・・ま、それは
余裕のある生活ができるようになるまで
まとう。
2010年10月06日 Posted by dorothy at 06:10 │Comments(1) │TrackBack(0)
測るだけダイエット
これがうまくいっている。
本当に、測るだけ。
朝、起きて一番最初と、夜、寝る前と。
私はダイエットはしない、と思っていた。
食べるのが大好きだし、大食らいな割に
太っていなかったから。
でも、ここ3年ほど、やはり、
食べたら(食べすぎたら)太るようになった。
それに、たいして運動もしていない
夫が、目に見えてスリムになっている。
彼曰く、
「測るだけダイエットをしている。」と。
そこで、私も始めた。
最初のうちは、夜体重計に乗るときには
水などを飲んでから、朝体重計に乗る
ときには、トイレのあと、水も飲まずに、
という程度だった。
そのうち、夕食後、デザートなど、
ちょっと重いものを食べたいと思ったら、
朝、食べるようになった。
つまり、朝は一日の活動の中で
食べ過ぎを十分消費する時間があるが、
夜はただ、寝るだけだから体にため込む
ことに気付いたのだ。
そして、それがポイント。
つまり、食べるのを我慢したら、
そのうち、我慢の限界がくるけれど、
夜、食べたくなったら、明日の朝まで
我慢して、朝になったら食べるから、
夜食べるのを我慢できるのだ。
そして、朝は遠慮なくドカ食いもする。
また、おやつのときなども、おなかが
すいていなければ、食べないでとって
おいて、翌朝食べる。
朝、食べる量は、それこそ、ハンパじゃない
かもしれない。
それでも、体重は確実に減っている。
それと、夜、具合が悪くなったら、
夕食抜きで寝て、朝、体調が戻って
いたら、やはり、そこで食べる。
全体の量としては、減らす、ということを
考えず、夕食のご飯の量だけ減らし、
それから、夕食後のヘビーなものは避ける、
おやつもおなかが減っていなければ
翌朝にまわす、ということだけ。
これで、3か月で3キロ以上やせた。
3か月で1キロが目安だから、かなりな
ハイペース。でも、もうそろそろ、やせる
ペースは落ちるかも。寒くなって自然に
体が脂肪をつけ始めるだろうから。
最近気付いたこと。
いつの間にか、食べる量は減っているようだ。
外食をしたときに、いままでなら、
ごはんのおかわりをしていたのに、
今は、お茶碗一膳分を食べるのも
やっとやっと。胃袋が小さくなったのかも。
目標は、あと4kg。3か月1キロの
ペースとしてあと1年。体が軽くなった、
などの体調への変化はほとんど感じられ
ないが、ズボンがやたら緩く感じられる
ようにはなった。
この冬、私の一番のお気に入りだった
スーツ(セシールで買った、20年前の
スーツ。高いものじゃないが、好きなのだ)
をまた、着られるようになるかな。
昨シーズンは、入るには入ったが、
ウエストがパンパンで、人前に着て
出る気になれなかったのだ。
もともとは、かなりゆるいウエストだった
のだが、ここ数年の急激な太り方で
昨シーズンはとうとう着なかった。
さて、どうなることか・・・?
本当に、測るだけ。
朝、起きて一番最初と、夜、寝る前と。
私はダイエットはしない、と思っていた。
食べるのが大好きだし、大食らいな割に
太っていなかったから。
でも、ここ3年ほど、やはり、
食べたら(食べすぎたら)太るようになった。
それに、たいして運動もしていない
夫が、目に見えてスリムになっている。
彼曰く、
「測るだけダイエットをしている。」と。
そこで、私も始めた。
最初のうちは、夜体重計に乗るときには
水などを飲んでから、朝体重計に乗る
ときには、トイレのあと、水も飲まずに、
という程度だった。
そのうち、夕食後、デザートなど、
ちょっと重いものを食べたいと思ったら、
朝、食べるようになった。
つまり、朝は一日の活動の中で
食べ過ぎを十分消費する時間があるが、
夜はただ、寝るだけだから体にため込む
ことに気付いたのだ。
そして、それがポイント。
つまり、食べるのを我慢したら、
そのうち、我慢の限界がくるけれど、
夜、食べたくなったら、明日の朝まで
我慢して、朝になったら食べるから、
夜食べるのを我慢できるのだ。
そして、朝は遠慮なくドカ食いもする。
また、おやつのときなども、おなかが
すいていなければ、食べないでとって
おいて、翌朝食べる。
朝、食べる量は、それこそ、ハンパじゃない
かもしれない。
それでも、体重は確実に減っている。
それと、夜、具合が悪くなったら、
夕食抜きで寝て、朝、体調が戻って
いたら、やはり、そこで食べる。
全体の量としては、減らす、ということを
考えず、夕食のご飯の量だけ減らし、
それから、夕食後のヘビーなものは避ける、
おやつもおなかが減っていなければ
翌朝にまわす、ということだけ。
これで、3か月で3キロ以上やせた。
3か月で1キロが目安だから、かなりな
ハイペース。でも、もうそろそろ、やせる
ペースは落ちるかも。寒くなって自然に
体が脂肪をつけ始めるだろうから。
最近気付いたこと。
いつの間にか、食べる量は減っているようだ。
外食をしたときに、いままでなら、
ごはんのおかわりをしていたのに、
今は、お茶碗一膳分を食べるのも
やっとやっと。胃袋が小さくなったのかも。
目標は、あと4kg。3か月1キロの
ペースとしてあと1年。体が軽くなった、
などの体調への変化はほとんど感じられ
ないが、ズボンがやたら緩く感じられる
ようにはなった。
この冬、私の一番のお気に入りだった
スーツ(セシールで買った、20年前の
スーツ。高いものじゃないが、好きなのだ)
をまた、着られるようになるかな。
昨シーズンは、入るには入ったが、
ウエストがパンパンで、人前に着て
出る気になれなかったのだ。
もともとは、かなりゆるいウエストだった
のだが、ここ数年の急激な太り方で
昨シーズンはとうとう着なかった。
さて、どうなることか・・・?
2010年10月02日 Posted by dorothy at 04:41 │Comments(2) │TrackBack(0)
花火
日記を更新しようと思いつつ、
日々の雑事に、サイトの読み逃げで
終わっています。
今度の土曜日に、オランダの友人が
2泊3日で我が家に来ます。
日帰りなら、ちょっと荷物を
どかせばよいけれど、2泊とも
なると、大掃除。
特に、お風呂。
引っ越してからの経年の汚れや
手抜き掃除のおかげで、すばらしい
お風呂場です。
彼らは、湯船はつかわずシャワーだけ
だとは思いますが、それにしても、
最低のところはキープしなきゃ。
それと、ダイニング。
私の仕事の本であちらの隅も
こちらの床も全部占領。
これは、片付けるべきところに
片付けて、それでだめなら、
数日間、袋に入れて隠せば
すむのだけれど・・・
根本的に掃除嫌いだから、どうしようも
ないね・・・。
昨夜はこの地区の花火。
ダイニングの窓から真正面に見える。
午前中は雨が降ったりして、
開催が心配だったけれど、
夕方からは、極端に暑くもなく、
花火日和。
じっくり堪能した。
さて、今日からは、大掃除、大掃除。
日々の雑事に、サイトの読み逃げで
終わっています。
今度の土曜日に、オランダの友人が
2泊3日で我が家に来ます。
日帰りなら、ちょっと荷物を
どかせばよいけれど、2泊とも
なると、大掃除。
特に、お風呂。
引っ越してからの経年の汚れや
手抜き掃除のおかげで、すばらしい
お風呂場です。
彼らは、湯船はつかわずシャワーだけ
だとは思いますが、それにしても、
最低のところはキープしなきゃ。
それと、ダイニング。
私の仕事の本であちらの隅も
こちらの床も全部占領。
これは、片付けるべきところに
片付けて、それでだめなら、
数日間、袋に入れて隠せば
すむのだけれど・・・
根本的に掃除嫌いだから、どうしようも
ないね・・・。
昨夜はこの地区の花火。
ダイニングの窓から真正面に見える。
午前中は雨が降ったりして、
開催が心配だったけれど、
夕方からは、極端に暑くもなく、
花火日和。
じっくり堪能した。
さて、今日からは、大掃除、大掃除。
2010年08月15日 Posted by dorothy at 13:08 │Comments(1) │TrackBack(0)
映画「トイ・ストーリー3」
昨日、3Dで見てきた。
夕方5時台だったのだけれど、待つ行列が映画館の外に
できていた。でも、さほどの数じゃない。
行列見て、びっくりして帰った親子連れもいたけど、
私の経験からすると、この位置なら、後方中央の
一番よい場所もゲットできそう。
そして、予想は的中。後ろから2番目のど真ん中に
家族みんなで横一列に座れた。
さて、内容。
ものすごくよかった。
大体、シリーズ化されたものは、あまり期待できない
(しない)のだけれど、これは、いい意味で完全に
裏切られた。
今までの3作の中で一番泣けた、かも。
面白いところは本当に面白い。
夢中で見ていて、思わず拍手しそうになった
ところもあった。あとで聞いたら、夫も
もう少しで拍手しそうになった、と言った
から、多分同じシーンだったのだろう。
たぶん、次は作らないだろうな。
でも、それがいい。
3Dの差額を払ってでも見てもらいたいし
3Dでなくても、ぜひ、足を運んで
映画館で見てもらいたい映画だと思う。
夕方5時台だったのだけれど、待つ行列が映画館の外に
できていた。でも、さほどの数じゃない。
行列見て、びっくりして帰った親子連れもいたけど、
私の経験からすると、この位置なら、後方中央の
一番よい場所もゲットできそう。
そして、予想は的中。後ろから2番目のど真ん中に
家族みんなで横一列に座れた。
さて、内容。
ものすごくよかった。
大体、シリーズ化されたものは、あまり期待できない
(しない)のだけれど、これは、いい意味で完全に
裏切られた。
今までの3作の中で一番泣けた、かも。
面白いところは本当に面白い。
夢中で見ていて、思わず拍手しそうになった
ところもあった。あとで聞いたら、夫も
もう少しで拍手しそうになった、と言った
から、多分同じシーンだったのだろう。
たぶん、次は作らないだろうな。
でも、それがいい。
3Dの差額を払ってでも見てもらいたいし
3Dでなくても、ぜひ、足を運んで
映画館で見てもらいたい映画だと思う。



